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文化と歩んだ67年

  • tanizawae
  • 2014年11月2日
  • 読了時間: 2分

 早朝、地区の社会人運動会の案内の放送がありました。区の出しものがあるのでそのプログラムの時間に合わせて出かけました。

 区の役員さんは、前日からオニギリや果物、煮物など酒食の用意をし、割り振られた観覧席にテントを張り、机、イスを用意して本番を迎えました。

 せっかくの機会ですので、区の担当の種目に参加したあと、テントの下で、応援に残りました。応援というより、地区の方との世間話です。アルコールも入って、あっというまにプログラムも終了の時間になりました。

 この、毎年決まって文化の日に開かれる行事は、一度も天候が崩れることなく、秋晴れの空の下で催される地域伝統の行事です。

 プログラムの内容も毎年あまり変わりませんし、数年前には体調を崩されたようですが、進行の方の放送も、数十年前の声そのままにアナウンスされていました。

 さて、今日は文化の日。日本国憲法第100条に、「この憲法は、公布の日から起算して6箇月を経過した日から、これを施行する」となっていて、後に憲法記念日となった施行日の(昭和22年)5月3日に対し、さかのぼる公布日の11月3日を「文化の日」と制定したのだそうです。

 朝刊の説明の末尾に、「きょうは『自由と平和を愛し、文化をすすめる』(祝日法)ための日である」とありました。その「文化」という言葉については、確かに、辞書を引いても、説明をきいてもわかりにくい言葉です。

 昭和22年に制定された教育基本法には、「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した」とか、「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造」とか、何回も「文化」という言葉が出てきます。

 憲法施行後につくられた昔の名画(「カルメン・・・?」)を観て、田舎の学校の校長先生が、「日本は文化だ」と、わけもわからず連呼していたシーンが印象的でした。

 その映画だったかどうかよく覚えていませんが、授業中に、「我が国は、日本国憲法に基づいて、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の理念を掲げ、国際協調の道を歩むのです」といようなシーンがあったことも覚えています。

 新築の小ぢんまりした家を指して親が言っていました。「今度建てられたあの家は文化住宅だ」。また、今でも、教養のありそうな人のことを「文化人」といったり、低賃金や不安定な雇用に対し、「健康で文化的な最低限度の生活を脅かす」といったりします。

 生活に染み込んで、時代の流れに見え隠れするその言葉は、戦後日本の歩みを象徴する言葉でもありました。

 
 
 

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